Deep-time Sculpted Existence
人は通常、自分が生きてきた時間を遥かに超えた長い時間の存在、そしてその時間が「今」と地続きであることを認識できない。そこには、長い時間の連続性に対する認識上の境界がある。
しかし、剥き出しになった地層の断崖と対峙したとき、その圧倒的な姿形や質感の中に、積み重なった膨大な時間が内在していることに気づく。地層、断崖、渓谷、洞窟、滝、深い森。そこには、地球の時間、隆起、侵食、水の流れ、生命の営みが重なり、巨大な存在として立ち上がっている。
チームラボは、この悠久の時間が刻んだ巨大な存在を Deep-time Sculpted Existence と名付けた。
Deep-time Sculpted Existence は、人間が大地を彫刻するのではなく、地球の時間、隆起、侵食、水の流れなどが彫刻した存在を、連続する生命と人間の現在が交差する場として捉える。
これは、自然を破壊せず、自然そのものをアートにする Digitized Nature の考えを、地質的時間のスケールへと拡張する概念である。自然は、空間としてだけではなく、深い時間を内在する存在として現れる。Deep-time Sculpted Existence は、その存在を、時間・生命・環境・身体が連続する場として開いていく。
《悠久の今の中で連続する生と死》では、巨大な地層の渓谷という Deep-time Sculpted Existence の中で、花々は誕生と死滅を繰り返し、連続する生命の時間が流れる。そして、作品世界は、今を生きる人々の存在によって変容していく。
渓谷の深淵に入り込み、さまようとき、積み重なった膨大な時間は、遠い過去としてではなく、今という瞬間と連続していることがあらわになる。地球の時間、連続する生命の時間、人間の現在が重なり合う中で、人は、長い時間の連続性の上に自分の存在があることを、身体ごと実感する。
Deep-time Sculpted Existence は、地球の時間が彫刻した存在を、人間がその中に入り込み、時間の連続性を身体で実感する場として提示する。そして、時間に対する認識上の境界の解体を模索する。
人は、世界を外から見ているのではない。長い時間、生命、環境、身体が連続する場の中にいて、その中で存在を認識している。
FEATURED WORKS
悠久の今の中で連続する生と死 / Continuous Life and Death at the Now of Deep Time
teamLab, 2026, from the series <i>Ever Blossoming Life Waterfall - Deep in the Mountains of Shikoku</i>, 2016-, Interactive Installation, Sound: Hideaki Takahashi
増殖する生命の滝 - 四国の山奥 / Ever Blossoming Life Waterfall - Deep in the Mountains of Shikoku
teamLab, 2016 - 2017, Digitized Nature, Sound: Hideaki Takahashi
溪谷に咲く花、流れ込む滝 - 大歩危小歩危 / Flowers Bloom under the Waterfall in the Gorge - Ōboke Koboke
teamLab, 2016, Digitized Nature, Sound: Hideaki Takahashi